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『新八代〜出水』
2008.7.30 GPSの軌跡
 29日の夜、出発としてはやや遅い10時に益田をスタート。今回は、新八代をめざす。夜中の運転はいつものように、眠気がきたら、大声で歌いまくる。
 九州方面に出かける時は、最近は萩から美祢を通るルート。これが距離的にも高速料金的にもいまのところベターだ。
 広川SAに深夜2時ごろに到着、新八代までまだ100キロぐらいあるが、もう限界。明日の朝100キロ進むことにして今日はここで車中泊決定。広川SAは工事中だった。
 後ろの座席を半分倒した状態だと、ロードバイクと人間がうまいぐあいにフラットの状態で同居できる。蚊は多少心配だが、窓を少しだけあけ、目隠しのたにフロントに銀の日よけ、サイドにメッシュの日よけをつける。これで、ずいぶん人目が気にならなくなる。熟睡とまではいかないけれどまあまあ寝れた。

 

 朝一度6時に目がさめるが、4時間の睡眠だとちょっと心配なので、もう30分ほど2度寝。顔を洗ったり、して、7時すぎに新八代へ向けて出発。
 新八代、前回の真冬の2泊3日の最終日にかじかんだ手と芯から冷えたからだで輪行して帰ったところだ。
 あれから8カ月近くたったのだ。そうそう、今年はなんだかんだあって、『つぎはぎ日本一周』は今回が初。あれ以来なのだ。さて、新八代の周りは駐車場もしっかりあり、割と安いので、駅の近くにとめ、いよいよロードバイクの準備。今回は新アイテム、リアキャリアをつけたので、いつもなら重たいリュックを背負うのだが、その必要がなくなった。ただ、重たいものがリアにあるので、多少不安定な感じもした。まあ、これも慣れだろう。そしてもう一つの新アイテム、ガーミンのハンディGPSだ。これをパソコンとカシミールというソフトで最初にルートを設定してアップロードしておくと、道案内などもできるらしいが、まだ、その操作を知らないので、今回は速度、距離、軌跡などを記録する道具として参戦。今後、慣れてきたら道案内に挑戦したいけれど・・・。軌跡が記録されるのは、楽しそう。
 準備を終えたのが8時30分。まずは、駅の周りをぐるっと回ってみる。駅の広場にはおもしろい形の休憩所もあった。

   

 

 新八代を出発して、336号線をすすむ。このあたりの道で感心したのは、車道と自転車道と歩道と三本が平行して設置してある部分があったこと。これが理想だよなあ〜などと考えながら進む。
 途中で3号線に向かう予定だったのだが、進みすぎてもうちょっとで海まで行くところだった、あわてて338号線に進む。ちょっと大周りになってしまった。何本も橋をわたる。金剛橋という橋は車道とは別に歩道専用の橋が平行してかかっていた。自転車通行可だったので、そちらを進む。この橋からのけしきもなかなかよい。

     

   

 開湯600年というのぼりにつれられて、日奈久温泉にたちよった。と言っても本当によるだけで、温泉に入ることはしなかったが・・・。
 その後も3号線を進む。山を通ることが多いが、ところどころ、ぱっと視界が開くような感じで美しい海がみえる。やはり、海が見える道というのは、走っていて気持ちいい。
 田浦の道の駅による。11時近くになったので、ハンガーノックになる前にエネルギー補給で、ソフトクリームと大判焼を食べる。疲れた体にしみわたるよう。さあ、出発しようと何気なくタイヤに目をやると、相当くたびれている。横のゴムのところが何本がはずれかけているように見える。この3日間、なんとか持ちこたえてくれ〜と願う。出発前にしっかり点検をして、タイヤを交換しておくべきだった。反省。まあ、それでもとりあえずは普通に走れるので、このまま進む。

  
   

 途中、芦北町というところに星野富弘美術館の看板。こんなところになぜと思いながらも迷わず入る。どうも、星野氏が退院して、初めて訪れた地がここだった、ということと、ここの館長さんが、星野氏と知り合いということで、ここにあるらしかった。星野氏の絵は、以前からすばらしいと思ってきたが、文章だけのものも実にすばらしい。特に、渡良瀬川でおぼれかけたときの文章が印象にのこった。

   

 新水俣駅、水俣駅と進む。
 昼になったので、うどん屋にはいり昼食。この『つぎはぎ日本一周』ではこうした食事も楽しみの一つ。食堂がないときにはコンビニ弁当で済ますこともあるが、こうして、食堂で食べると休憩にもなり、暑いこの時期にはありがたい。

   

 

 水俣と聞くと、忘れてはならないのが、水俣病。その原因企業であるチッソも。。。駅のまん前にチッソの会社があった。資料館にも言ったが、わかりやすいビデオも放映されていて、見入ってしまった。二度とこのような不幸なことがおきないことを願う。日本では、こういう公害病は、最近では聞かなくなったが、心配なのは、中国を始めアジアの国々、日本のこうした失敗から学んで、公害病を発症させないようになんとか対策を講じてほしいものだ。ニュースなどをみると、そうとう危険なところもあるようだが・・・。

  

  

 この資料館から不知火海が見えるが、とても美しかった。以前、このあたりで、水俣病が発生したというのを今からは想像できないほどだ。

 

 先へ進むが、その道から見える不知火海はおだやかで、まるで、鏡のよう。

  

 出水市に入る。出水という場所は、私にとって、特別な場所なのだ。それは、私の祖先はこの地に住んでいたのだ。今回、初めて出水に来たこともあり、どうしても私の祖先が住んでいた場所に行ってみたいと思った。携帯で、父親に電話して、祖先がどのあたりに住んでいたのかを聞いてみた。以前、父親が家系図をつくったり、どこに住んでいたのかを調べていたことを思い出したからだ。父から、住所と番地を教えてもらい、そこをどうしても探してみたかった。探したからどうなるものでもないのだが、曾祖父の住んでいた場所の空気を、景色を、音をどうしても知りたくなったのだ。

  

 

 そうはいっても初めて訪れた場所、私は、どこが何町とか、全くわからなかったので、とりあえずは、本屋により、地図をみてみた。何となくの場所はわかったものの、番地まではのっていなかった。そこで、駅の観光案内所に行って、事情を説明して調べてもらった。ゼンリンの地図なので、番地などもわかったようだったが、個人情報ということで、だいたいの場所は教えてくれたのだが、そこまでだった。あとは、その近くに行って聞いてほしいという。世知辛い世の中になったものだ。
 近くまでいって、いろいろな人に聞いてみるものの、番地までは知っている人は少なく、なかなか見つからなかった。近くの番地までは来たのだが、ぴったりの番地がなかなか・・・。だいだいこの辺り、ということで納得しようかとも思ったのだが、すぐ近くまできているだけになんとか見つけたかった。
 農作業をしているおじさんに聞くと、調べてくれるという。再びあのゼンリンの地図、すると、ついに場所がわかった。

 

 そこへ行き失礼かとも思ったが、思い切って訪ねてみた。すると、78歳のOさんがでてこられ、お話をしてくださった。なんと、私の曾祖父に1度だけ会ったことがあるという。小学生のころ会って、やさしい人だなあという印象をもったことを話してくれた。その他、このあたりの庶民の歴史や、篤姫に対するご自分の考えなど。
 そして現在の家は、修理などして随分変わっているが、基本的には当時のままだそうだ。会えた記念に写真を一緒に撮ろうと思ったが、写真はいやということで、お礼を言ってこの場所をあとにした。
 近くの川は、たしかにこの住所のような雰囲気をもっていた。曽祖父や祖父がこの辺りで生活していたのかと思うと不思議な感じがした。

  

 その後、出水で有名な武家屋敷群に行ってみた。ここは私の両親のお勧めスポット。とてもいい雰囲気だったのだが、時間が遅かったのでどの屋敷にも入ることができなかったのは残念だった。大河ドラマの篤姫のロケ地などもあり、中に入ると面白いだろうと思った。街並みの雰囲気だけ感じそこをあとにした。

   

   

   

 そろそろいい時間になってきた。今晩の宿を心配しなくちゃならない。野宿はやはりさけたい。出水なら結構ビジネスホテルもあるので、大丈夫だろう。温泉のあるビジネスホテルが目に入ったので、いくらかをきいてみた。6000円ということだった。安宿を探しながら『つぎはぎ日本一周』をしている身にとってはちょっと高いような気もしたが、朝食がついているということなので、ここに決定。夜は近くのラーメン屋で食事をして、温泉にはいり、コンビニでちょっとしたつまみ、(お酒はのまないので、つまみ?でいいのかな)を購入。疲れたからだをゆっくりと休めた。X01HTを使って、今日の旅をある程度まとめる。今回はしっかり充電器をもってきているのでバッテリー不足は大丈夫。
 明日は、2泊3日の真ん中の日なので、ちょっとぐらいなら無理もできるので、できるだけ距離をかせぎたいと思う。

本日のデータ
走行距離 102.2km
平均速度 19.8km/h
最高速度 48.5km/h
費用 高速代 美祢〜新八代(深夜割引)3800円
    星野富弘美術館入館料       500円
    宿泊代                 6000円

GPSの軌跡
本日のルート(GPSによる)

 

















『つぎはぎ日本一周』